2020/12/02 17:29

ラジオ番組も気がつくと7回目。途中、ユキさん参加と言う形で眠気が吹っ飛ぶ愉快なラジオへと変貌を遂げました。しかし、まだまだクオリティーが低いとユキさんと話し合いお互い自虐ばかり。そんな葛藤が今後のラジオのクオリティーに左右されるのは間違いない。101回目が私たち本来のスタートラインであるとお互いの心の中の信念である事は間違いないであろう。あと、93回続ける事に答えがある。

プレスリリースと共に動き出したのが自社出版でのオリジナル本。それは想像もしてもいなかった。それはなぜか、それは単純に文章が苦手だから。それはこのnoteでも以前、書いた事でもあるのですが文章を使って相手に伝えると言う事をしっかりと学ばなかった。悔やんでも悔やみきれない小学校時代。それ以降も何か文字で伝える事から逃げてきたかもしれない。このnoteを始める前からアメブロなど何回かやる事はやり続ける事が出来なかった。しかし、続ければ続けるほど書ける。それは不思議な物で何かを続けると言う事は決して無駄では無い。途中で辞める事が無駄なのだ。UNKNOWNではオリジナルでZINEを製作し無料配布しておりました。しかし、今回のプレスリリースで気がついた事があった。それはやはりいくら頑張っても発信出来る手が届く範囲は決まってる。それだったら自分で作ろう。現在では出版する部数は100部以上は刷らないといけないなどの制限も無く。1部からでも本が作れる。そんな時代だからこそ作らないと。そんな楽な物はない。

画像1

画像2

Jean Genet / Deathwatch 1961s

1961年に発刊されたジャン・ジュネによる戯曲。
1947年にジャンジュネが書いた劇で、1949年2月にパリで初めてジャンマルシェの指揮のもと、マチューラン劇場で上演されました。

ジャン・ジュネはフランスの小説家。パリ生まれ。
私生児として生まれ、孤児院で育ち、15歳で少年感化院に送られ、
以後30代半ばまで放浪と投獄生活を送る。

1942年フレーヌ刑務所服役中に詩編「死刑囚」を書き、
出所後パリで発表し、J.コクトに認められる。

続いて処女小説「花のノートルダム」(’44年)、第2作「薔薇の奇跡」(’46年)など
犯罪と男色者を扱った異色の作品を秘密出版する。 ’47年窃盗常習犯として終身刑に処せられるが、
コクトー、サルトルらによる大統領への請願運動の結果、
’48年出獄を許され、以後作家生活に入った。

彼は孤児でもあり生活をする上で窃盗をするしか生きる道は無かった。しかし、その唯一の救いでもあったのが小説を書く事だ。現在まで評価されてきた表現者の中で共通して言える部分は不謹慎なのかもしれないのだがアートとは犯罪すれすれの物だ。それは深い部分まで追求しのめり込み作り込まれるからだ。生きる上で自分の意志を何か表現する物があるからこそ犯罪に走る傾向は減少するのだと。その内なる物をぶつける事によりカルチャーは生まれる。それはファッション・アート・音楽など含めて。現在の引きこもりなどから生まれたベットルームミュージック・エモラップなどこのエモーションと言われるワードもその一部からの存在な気がする。それは時代が変化しただけであって存在は常に同じ物だと。やはり何か作り込み続ける事はその場では評価されないかもしれない。しかし、その思いは物として永遠に続く。そして、いつか時代がフックアップする事は間違いない。だから古着は面白い。